婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する

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 翌朝。着替えを終えたビクターは、ひとり自室の窓辺に佇んでいた。

 朝のうららかな日差しに染まる庭園を見下ろしているだけだというのに、気を抜けば顔が赤くなってしまう。

 どうしても、昨夜のアンジェリーナとのキスを思い出してしまうのだ。気後れしそうな柔らかさに、永遠に嗅いでいたくなるような甘い香り。

 あの薄桃色の唇に触れたらどんな気持ちになるのだろうと、ひたすら妄想してきただけに、喜びもひとしおだ。

 自我がしっかりしていて、強気な彼女が、困ったようにビクターを見上げたのもたまらなかった。自分の中にそんな嗜虐的な思考が隠されていたことに驚いてしまう。

 彼女を一途に追いかけ、知らなかった一面を知るたびに、想いはよりいっそう膨らんでいく。彼女への愛情に終わりはなかった。

 年月を経れば愛情は薄まっていくとよく耳にするが、自分のアンジェリーナに対する想いには当てはまらないのではないかと思う。

 狂おしいほどに、彼女が好きだ。叶うものなら、一日中キスを繰り返し、抱き潰したい。もはやこれは、恋の病を通り越した本当の病気ではないかと心配になるほどだ。

(……ああ、すぐにでも、また彼女に会いたい)

 今日はいつ会えるだろうかと思考を巡らせていると、ドアの向こうからバタバタとせわしない音がする。

「ビクター様! 大変です!」

 ノックもそこそこに部屋に転がり込んできたのは、侍従のひとりだった。

「アンジェリーナ様が消えました!」

「なんだと!?」

 ビクターの頭の中は、途端に真っ白になる。

「どういうことだ!?」

 よほど大急ぎで駆けてきたのか、額に汗を光らせる彼に無我夢中で詰め寄っていた。

「部屋から忽然と姿を消されたのです……! 荷物が一部なくなっていて、アンジェリーナ様付きの侍女と、御者がひとりと、馬車も一台消えていました。おそらく誘拐などではなく、自ら逃げ出されたものと思われます!」

「逃げただと……?」

 なぜ? どこに? という疑問がぐるぐると頭を巡り、やがてビクターの脳裏にかつてのアンジェリーナの明朗な声が響いた。

 ――私はこの塔と一生を添い遂げることを、心に誓いました。

「まさか……」

 ビクターは顔を上げ、愕然とした表情で低くうめいた。