ドアを開ければ、一日のほとんどをともに連れ添ったビクターが立っていた。

「……!」

 アンジェリーナは、声にならない声を上げた。ビクターが、どういうわけか黒ぶちの眼鏡をかけていたからだ。

「……その眼鏡、どうされたのですか?」

「贈り物の中に入っていたのです。かけると視界がよくなったので、あなたの顔をじっくり見たくなり、ここに来ました」

 アンジェリーナは、小さく微笑んだ。

 彼の直球の愛情表現は、不思議と聞けば聞くほどに心地よい。

「じっくり見られたら恥ずかしいですわ。肌荒れがバレてしまいます」

「まさか。よく見れば見るほどに、あなたの肌はシミひとつなく、まっさらな絹のように美しい」

 恍惚とした表情でそう言うと、ビクターはまるで引きつけられるように、アンジェリーナの頬へと手を伸ばす。彼の掌は、大きくて熱かった。

 その温もりに永遠に身を委ねていたい気持ちになり、うっとりしていると、ビクターが徐々に顔を近づけてきた。

 アンジェリーナは、彼を受け入れるためにそっと瞼を降ろす。

 間もなくして、唇同士が触れ合った。

(柔らかい……)

 彼の唇は、思っていたよりもずっと柔らかかった。それも、今まで感じたことのない、心地のよい柔らかさだ。本能的にずっと触れていたいと思ってしまう。

(この感触、どこかで感じた気がする)

 そんな既視感に襲われたが、キスは前世でも未経験だ。

 以前、スチュア―トを陥れるためにビクターとキスをしたことはあるが、あのときは無我夢中で感触など全く覚えていない。だから、あのときの体験が心をざわつかせているわけではない。

 もっと別の何かだった。

 一体何が?と思案にくれていると、ビクターがそっと唇を離した。

「イヤでしたか……?」

 アンジェリーナが呆然としていたせいか、ビクターが不安そうに聞いてきた。

 黒髪で端正な顔立ちの彼に、黒ぶちの眼鏡は似合いすぎるほど似合っていて、普段とは違う色気に思わずぞくりとする。

 アンジェリーナは頬を染めながら「イヤではございません……」ともじもじ下を向いた。

 するとビクターは、アンジェリーナの顎をとらえやや強引に上を向かせると、我慢がならないといったようにもう一度唇を塞いだ。