婚約破棄された悪役令嬢は、気ままな人生を謳歌する

 扉の前で、エリーゼは大きく息を吸い込んだ。取っ手を押してみれば、鍵はかかっていないようで、蝶番が容易く動く。

 人には、誰しも秘密があるはずだ。エリーゼとて、野心と欲望に塗れた本性を、スチュアートにひた隠しにしている。

 全てが計算づくだったことが彼にバレてしまえば、何もかもが台無しだ。アンジェリ―ナにだって、そういった誰にも暴かれていない弱みがあってもいいはずだ。

 部屋の中に足を踏み入れ、ランプで辺りを照らしたエリーゼは、驚愕に打ち震えていた。

「なに、これ……」

 エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ。

 部屋の中は、エリーゼで埋め尽くされていた。

 スチュアートと手をつなぎ庭園を散策している姿、舞踏会でダンスをしている姿、賊からスチュアートを守った出会いのシーンまで克明に絵画に映し出されている。

(まさか、呪い……?)

 エリーゼの背筋を、冷たいものがぞわぞわと這い上がる。

 アンジェリ―ナにとってエリーゼは、自分の地位を奪った憎き相手なのだ。そのライバルの絵画を集めるなど、新手の呪い以外考えられないだろう。

 心臓が、バクバクと鼓動を刻んでいる。

「きゃああ!」

 物音がした気がして、ハッと背後を振り返ったエリーゼは悲鳴を上げた。

 入り口の脇に、目を疑うような絵画が飾られていたからだ。

 それは、エリーゼと見知らぬ男が子供をあやしている絵だった。髭面で小太りのその男は、たしかエリーゼを門残払いしようとしたこの“悪魔の塔”の監視人だ。

 髭面の監視人の隣で幸せそうな笑顔を浮かべる自分の姿に、エリーゼは身震いをした。

「なんて恐ろしいの……! こんなの、絶対に嫌!」

 今にも泣きそうになりながら部屋を出ると、階段を駆け降り、四階の部屋に眠っている従者たちを叩き起こす。

「夜だろうと危険だろうと、もうどうでもいいわ! 今すぐ馬車を出して!」