それはもう見事に豪快に正月太りした。だって、おいしかったんだもん……。

 海の幸はもちろんなんだけど、凶悪なのが、かんころ餅。

 かんころっていうのは、サツマイモをスライスして茹で干しにしたもの。ふかしたかんころを、もち米と一緒に突き合わせるのが、かんころ餅。

 家庭それぞれに味があるんだけど、基本的に砂糖を入れて甘く作るものなんだって。かまぼこ型がスタンダードで、五ミリ厚くらいにスライスして食べるもので、お好みで、あんこを包んで丸めるタイプもある。

 スライスかんころ餅や、あんこバージョンをストーブで温める。ふっくらして焦げ目がついてきたら、あつあつをいただく。これがほんとにほんとに、おいしい。かんころ餅、島の伝統料理なんだそうだ。

 島には、田んぼが作れる平地がない。山を拓いた畑には、主食としてのサツマイモが植えてある。マツモト先生のおかあさんが若いころは、サツマイモでお米を嵩増しして炊いてたんだって。

 マツモト家のかんころ餅は、生姜風味が絶品だった。ショウマくんちからいただいたやつは、よもぎが合わせてあって、これもまたおいしくて。ひとりでパクパク、気付いたら、すっごい量を食べてた。

「炭水化物の塊がこんなにおいしいなんて、凶悪……」

 でも食べる。いいもん。体育、頑張るし。冬場の体育は、持久走とか縄跳びとか、ダイエットメニューにちょうどいいし。

 スーツのおなかが微妙にきつい。と思いながら、始業式に出た。体育館は隙間風で寒い。しかも、風がグラウンドの土を運んでくるから、板張りのフロアがザラザラになってる。

 校長先生が、挨拶の最後に言った。

「体育館も、校舎の中も、土で汚れとります。今日は校舎の大掃除、明日の一時間目は体育館の大掃除ば、みんなで頑張りましょう!」

 はい、って子どもたちは元気に返事をした。

 二学期にも同じことがあったなー。冬場は毎年、ときどきこうして大掃除しなきゃ、土埃がひどいんだ。逆に言うと、大風が吹くたびに、グラウンドはつるつるに禿げていくの。

 うちの学校のメンテナンス費、県がケチってるのかもしれない。たぶん数年後には、島に子どもがいなくなって、ここは廃校になる。だからメンテもしてもらえないのかな、って。

「ま、いっか。掃除、ダイエットになるっていうし。全力で頑張ろう!」

 決意したのを、うっかり声に出してしまった。マツモト先生に聞かれたらしい。

「……ふぅん」

 しげしげ見られた。何だ、今の「ふぅん」って? バカにされた気がしたんですけど? 憐みの目で見られてた気もするんですけど?

 自分が細マッチョのスポーツマンだからって、ムカつく! あー、なんか久々にムカついてるぞ!

 プンスカしながら教室に戻って、早速、掃除を開始した。子どもたちと一緒に、雑巾がけをする。教室の前から後ろまで、だーっと競走。

「うわ、雑巾、真っ黒!」
「ザラザラになっとる!」
「バケツも真っ黒になった!」
「じゃあ、ぼく、バケツ係になる!」
「次行くよ、次!」
「よーいどん!」

 雑巾がけって名目で、教室の中を走りまくる。楽しい。でも、これは腰に来る……。

 始業式後の掃除の時間は、たっぷり一時間以上とってあった。自分たちの教室と、教室の前の廊下、空き教室、理科室、図工室。みんな、息が上がるほど頑張ったんだけど、学校全体をきれいにすることはできなかった。

 掃除の後、教室で学活をした。冬休みの宿題を回収したり、学校通信を配ったり。

「何か訊きたいこと、ある?」

 明日からの日程とか、一月の行事とか、って意味だったんだけど。

 ちょっと微妙な顔をして手を挙げたのは、サリナちゃんだった。保健の先生の娘で、お正月は本土で過ごしてたらしい。この三月は、まだ転校せずにすむかな?

「タカハシ先生、マツモト先生と結婚するとでしょう? でも、結婚したら、同じ学校におられんとでしょう? いつまで、うちらと一緒にいてくれると?」

 子どもたちが「えっ!」と声をあげた。サリナちゃんは、細い眉を曇らせてる。

「おかあさんが言いよったと。夫婦は同じ学校に勤めたらいけん、って。うちね、タカハシ先生とマツモト先生、結婚してほしか。でも、タカハシ先生もマツモト先生も、この学校からいなくなったらイヤ。みんなもそう思うやろ?」

 たぶんなんだけど、サリナちゃんママは、サリナちゃんの卒業まで、この学校にいると思う。そういう希望を教育委員会に出してるって言ってた。

 転校は、イヤだよね。あたしだって、転勤、イヤだよ。教師を辞めるのは、もっとイヤ。

 マツモト先生とは付き合っていたい。結婚って、まだ全然、実感がないけど。でも、いつかは、って思わなくもない。

 じゃ、どうするの? いつ決める? 今年? 来年? この子たちの卒業の年?

 もんもんとする。忘年会で初めて突きつけられた難問。お正月が楽しくて、忘れた気になってた。

 だけど、答えを出さなきゃいけない最初の日は、そう遠くない。三月、異動の辞令が出るシーズン。そのときには、最初の答えを出さなきゃいけない。マツモト先生じゃなくて、あたしが。

 しんとしてしまった教室。あたしは、ちょっと無理して、笑ってみせた。

「いろいろ考え中なの。大丈夫だよ。あたしもみんなと一緒にいたいもん」

 教師として、まだまだ頼りないあたしだけど、みんなより年食ってんだから、人間として、大人として、ちゃんとしてるところは見せておきたい。

 もんもんとしてる。でも、自分でしっかり考える。