昨日は一校時目から五校時目まで、どうにか乗り切った。ほんとに、どうにかこうにか。必死。ギリギリ赤点を回避したってレベル。

 今日になっていきなり授業が上手になるはずもなくて、結局、五校時目になっても、しどろもどろだ。昨日よりダメかもしれない。

 頑張ろう頑張ろうと思うほどに、喉が詰まってしまう。嘘だ。あたし、こんなに弱くない。頑張らなきゃ。

 でも。子どもって、素直だ。だから、残酷だ。

「先生、もっと大きか声でしゃべって」

 わかってる。自分でもカッコ悪いって思う。でもね、なんでだろうね、顔だけは笑っちゃうんだよね。ごめんなさぁい、なんて、笑顔を作っちゃうんだ。

 子どもたちも笑ってた。笑いながら、ハッキリ言ってくれた。

「タカハシ先生、授業、下手くそー」
「あのね、去年の先生ね、もうおらんばってん、授業がわかりやすかったとよ」
「教頭先生の理科もおもしろかよ」
「先生も、理科の授業、見に来れば?」

 あはは。そうだね。あたしは笑って、社会科の教科書を教卓に投げ出した。真新しい教科書の背表紙が教卓を叩いて、硬い音が立った。

「そーよね。あたし、授業、下手くそよね。先生落第ってくらい下手くそよね。うん、わかってるよ。下手くそな先生に授業されるよりさぁ、全部の教科を教頭先生に代わってもらうほうがいいかな?」

 しん、と教室が静かになった。子どもたちがみんな、目を真ん丸に見開いていた。

 何なのよ、その目? あたしが彼らにひどいことをしたような気分。逆じゃん。あたしがひどいこと言われたんだよ?

 ……もういいよ。

 あたしは教室を飛び出した。頭が真っ白だった。階段を降り始めた瞬間、涙があふれた。視界が利かない。勘で駆け下りる。

 踊り場で正面衝突しかけた。

「あれ? タカハシ先生?」

 もそっとした声。会いたくないやつ。

「失礼しますっ」

 逃げようとした。肩をつかまれた。

「どげんしたとですか?」

 ……そうよ。ほんとは止めてほしいんだ。

「ま、マツモト先生こそ、授業は?」

 振り返れない。

「おれは、空きです。教頭先生の理科の授業やけん」
「あ、そう……」
「どげんしたとですか?」

 言いたくないし。すっごいカッコ悪いじゃん。

 でも、口が勝手にしゃべってる。

「子どもたちにダメ出しされたんです。授業、下手くそって」

 だから、飛び出してきました。もう教室に帰れません。誰かこのバカなあたしをどーにかしてください。

 肩をつかんでいた手が、トントンと、あたしの背中を柔らかく叩いた。

「わかりました。おれが子どもたちと話ばしてきます。タカハシ先生は職員室に行っとってよかですよ。帰りの会も、心配せんでよか」

 マツモト先生は、算数の教材を小脇に抱えて、階段を登っていった。あたしはポカンとして、その後ろ姿を見送った。マツモト先生は、こっちを見なかった。