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噴水の事件から数日後マリアは体調をくずし、容態は見る見るうちに悪化していった。

王はアイリスを悪魔の元へ返すことを決意するが、マリアがそれを許さなかった。

「王様お願いです。この子を殺さないでください、私はどうなっても良いのです。お願いしま
す」

小さな我が子を抱きしめると、何も分かっていないアイリスがマリアに手を伸ばす。

小さな手はマリアの頬に触れると、天使のようにニコニコ笑った。

「アイリス……あなたが美しく成長する姿……見たかったわ」

マリアが肩で呼吸をし始め苦しみだす。

「アイリス……私の愛しい子……あなたは生きて……」

マリアはアイリスの頬にキスをした。

「はあ……はあ……王様……この子のこと……お願いします。私の最後の……願い……はあ……生きて……幸せになるのよ……愛しているわ……」

マリアの瞳から涙が一筋こぼれ落ち、息を引き取った。

「マリア……何ということだ……っ……マリアーー!!」

王は落胆しアイリスをどうするか悩んだ結果、マリアの意思を尊重し城の地下で育てることにし
た。







アイリスのいる地下に近づく者はほとんどいない。

幼少期には乳母と専属の侍女が近くにいてくれたが、乳母が亡くなるとアイリスに近づく者は死
ぬという噂が広まり、専属の侍女も逃げ出した。

王女としての作法を学ぶため、家庭教師が地下へとやって来たが、どの教師もガタガタと振るえ、
顔を青くし、アイリスが声をかけると「ヒッ……」と悲鳴を上げた。

アイリスは人とは話してはいけないのだと学び、しゃべらなくなった。

自分はどうしてここにいるのか?

どうして外に出られないのか?

疑問に思っていたころ地下に王妃が現れる。

コツ・コツ・コツと階段を降りて来る音がして振り返ると、いつもは鍵が閉まっている戸が開き、そこには美しいドレスを着た王妃が立っていた。

「悪魔の子、あなたのせいで沢山の人が死んだのよ。いつまで生きているつもりなの?」

呆然と立ち尽くしているアイリスに、王妃は扇子で口元を隠し、くすりと笑う。

「まったく、あなたは何もわかっていなににね。教えてあげるわ」

そう言うと、王妃は何故アイリスが地下に閉じ込められているのかを、淡々と話して聞かせた。


それから地獄の日々が始まった。


王妃は毎日のように地下にやって来ては罵詈雑言を浴びせていく。

「さっさと死になさい!あなたが生きているだけで、この国は不幸になるの。まただれかを殺す
き?」

なぜこの人は毎日ここへやって来るの?

生きることに絶望する日々……。

アイリスは死にたかった。

だれでもいいから私を殺して、そう思っていた。

そう思っていても、死ぬのが怖い……。

生に縋り付いてしまう自分がいる。

毎日泣いて暮らしていたが、そんなある日アイリスの顔から表情が消えた。

今までは王妃の言葉に涙を浮かべたり、顔を歪めたりと表情を見せていたアイリスだったが、人形様に表情のなくなった顔に王妃は言葉を吐き捨てた。

「壊れたおもちゃはいらない」と……。

それから王妃が地下に来る回数は減ったものの、時々地下にやって来てはアイリスを罵った。





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「そんなことがあったのか……」

話終えても泣き続けるアイリスをアランは、そっと抱きしめた。

しかしアイリスはアランの胸を押しのけ両腕をつかむと、両腕をぐいぐいと揺さぶり叫んだ。


「殺して!お願いです。私を殺してください!」

唇をかみ、感情をあらわにするアイリス。


「殺してーー!!!!」


アイリスの悲鳴のような叫び声が部屋中に響き、アランはアイリスを抱きしめることしかできなかった。