真城くんは推しになりたくないらしい。


次の日、朝から私と真城くんは一言も話さなかった。
真城くんは冷たいとは言えど、挨拶はしてくれていたから違和感はある。

…と言っても、状態的には私が一方的に避けてしまっているのだけど。

男子と喧嘩みたいになるのは初めてで、どう対処していいのか分からなくて、昨日ひなちゃんにメールで相談したら、

【真城も反省してるだろうから、避けるとかはやめてあげなさいよ】

と、返事をくれたのに……。 
なんて私はダメなんだろう。

別にもう怒ってるとかじゃないし、そんな拒絶したい気持ちもないのだけれど、どうやって彼の視線に応えたら良いのかがわからない。

応えたところで、どうすれば前みたいに話せるかもわからない。

こうして避けていることを、ちゃんと謝らなくちゃいけない…それは分かってる。

だから、頑張ってどう謝るか考えるから、
あと、あともう少し、時間が欲しい。



そうしてダメダメな私は引き延ばしにして、
ただいま昼休み中。
ひなちゃんに
「それじゃあ放課後、絶対謝りなさいよ」と、
『絶対』というときのとんでもない眼光と共に言われてしまった。

ひなちゃんの言う通り、謝らなくちゃいけない。
もうしっかり何を言うか決めたし、あとは放課後謝るだけだ。
それは、頑張らなきゃいけないことだよね…‼︎


と、意気込んでいたのに。

私は忘れていた。
そう言うときに限って、急に予定が入ることってありがちなんだ。

「伊住さん、今日の放課後保健委員の集まりがあるって」
  
そういえば、くじ引きで保健委員になってしまったのを忘れていたけれど、同じく保健委員の田所くんが集まりを知らせてくれた。

「あ、分かった!ありがとうー!」

そう言う私に田所くんはニコッと微笑むと、
男子の集団に戻っていった。

その男子たちの中には真城くんもいて、不意に目が合ってしまった。

その目は冷たくて、何を考えているか分からない。
なんだか怖くて、すぐに目を逸らして、私もひなちゃんを含む女子の友達のところへ逃げるように去ってしまった。




「先生の雑な決め方の被害者だけど、
俺たち保健委員がんばろうなー」

「もちろん!田所くん、今からテニスだよね、頑張ってねー!」

「おっ、ありがとう、またなー!」

保健委員の集まりが終わり、そのまま部活に向かう田所くんを見送ってから、

流石にもう真城くんいないよな…と、少しやりきれない思いで、教室に荷物を取りに行く。

[2-1]のプレートのかかる教室に足を踏み入れた瞬間、


「…えっ」

私の隣の席、机に突っ伏していたらしい彼は静かにその体を起こすと、

色のない表情で、ツカツカと私の前まで歩いてきた。

立って話すことがあまり無いから、そんなに意識していなかった。

彼の身長が高くて、脚だって長いこと。
上から私を見下ろす彼は、『男子』であること。

当たり前のことなのに、いま初めて気がついた。

何を考えているのか分からない、目の前のこの人に、私はとりあえず用意していた謝罪を伝えようと、

「…あ、の、ごめんなさ」

…したのに、それは最後まで言葉にならなかった。


その理由は、


彼に、優しく抱きしめられたからだ。


その長い腕は私の頭にしっかりと回されていて、
その胸板に私を押しつけるように、
それでいて優しく、抱きしめてくる。

もうとっくに状況なんか掴めなくて、

真城くんのつけているこの、爽やかでかっこいい香りの香水は何て名前なんだろうと、そんなことしか考えられなかった。


「…昨日は、ほんとにごめん…」

切なそうに、言葉を紡ぎ出す彼の、その声だけが私の脳に響いてくる。


「…僕以外の男子に笑いかける伊住さんを想像するだけで……、そんなの……」


  
     辛くてたまらなかった。


彼の言葉は、もう最後には囁きにしかならなくて。

それを音にしていいのか、躊躇っているように見えた。


私には、彼のその言葉がどんな意味を持つのか、全く、全く分からなくて。

ハルトくんの歌う歌詞の意味ならいくらでも考察できるのに、
真城くんの気持ちは、ぜんぜん、読めない。

ただ、その痛みが、苦しみが、押し寄せる波のように心に入ってくる。


刹那、彼が私から離れて、向かい合う形になった。

教室に差し込むオレンジが、この人の容姿端麗さを余計に見せつけてくるみたいに、

彼はやっぱり、すごくかっこいい人。

目線が、視線が、私を捉えて離さない。


「…やっぱり僕は、君の『推し』になんかならないよ。」

いつか聞いたそのフレーズを、
私に教え込むみたいに、ちゃんとこの空間に音として響いた。

だから、やっぱり私には分からないんだ。

彼は、私のことを嫌っているのか、果たして何なのか。

いつだって最適解を導けない私は、今だって変わらない。

夕焼けの教室はグラウンドの部活生の声ばかりがこだまして、

まるで私たちがいることを、誰にも気づかれていないように思えたんだ。