真城くんの編入から数日経ち、隣の席の存在に慣れてきたある日のこと。
「伊住、お前この前の試験どうだった?」
「いやもう、勉強したところ一切出なくて泣きそうだったよ…」
「ヤマ張るの下手すぎじゃね?」
同じ中学からの鮫島くんと何気なく話していると、どこからか感じる視線。
いや、気のせい気のせい。
その話がひと段落着くまで話し続けて、
そろそろ先生が来そうなので席に着いたとき。
「…君、この課題もう終わらせた?」
え、幻聴…???
あの真城くんが私に話しかけてくれていらっしゃる……???
「あ、いえ!もちろん終わらせていませんし、存在も忘れておりました!」
ハキハキと丁寧に、中身のない返事を答えると、
途端に不機嫌そうに顔を歪める真城くん。
「す、すみません!私、課題などは大急ぎで直前に終わらせるタイプで「違う」
必死に弁解をしようとする声を、
真城くんの甘く不機嫌な低音ボイスに遮られる。
「…君さ、何で僕には敬語で話すの?」
その冷たく澄んだ瞳に見つめられて、一瞬呼吸が出来なくなりそうだったけれど、
「もちろん、推し様にタメ口なんて使用不可ですから!」
と、しっかりお答えしたのに、
ますますその目は黒い色に染まっていって、
「…他の男子にはタメ口なのにね」
それだけ言うと、もうそのまま彼は向こうを向いてしまった。
……What?………Why?
あまりにも頭が悪いらしい私はまたもや最適解が見つけられず、悩む始末。
何で真城くんはタメ口にこだわるんだろうと考えても、答えなんて出なくて。
当然、私も尊い推しには敬語を使っていたいし。
んー、と悩ませても今に答えなんて出ないから、
とりあえず今日中に答えを出して、真城くんに許しを乞おうと思っていた…けれど。
「桜ちゃん…、私近くの席なんだけど、真城くんの不機嫌オーラが怖くて…」
「あの、さっきの話聞こえてきちゃったんだけど、真城くんにタメ口で何か言ってくれない?」
私はわりと慣れっこだけれど、真城くんの不機嫌オーラが延々続くと近くの席の女子を怯えさせてしまうみたいで、お願いされてしまった。
「うん、わかった!」
そう返事をして、安心したように戻っていった友達のためにも、推し意識は捨てなければいけないよね!
幸い、ちょうど分からない問題があるので、それを口実に使わせてもらおうー。
さぁ、いざ出陣‼︎
「…ねぇ、真城くん、ここの問題分からないんだけど、教えてくれない?」
顔を覗き込むようにしてそう聞くと、
真城くんは一瞬動きをフリーズさせて、
「……仕方ないな、いいよ」
そう言って私のノートを取り上げると、
その問題を見て、「あぁ、これは…」とわかりやすい説明を始めてくれた。
その彼から、もう黒い雰囲気は消え去っていたから、ミッションに成功したのだと密かに喜んだ。
…ただ、わからない問題を口実に話しかけてしまったから、
「…ねぇ、何回言ったら理解してくれるの?」
私の頭は馬鹿だということを堂々と見せつけてしまう結果となりました…、ごめんね真城くん…。



