真城side


桜が無理して笑ってることに気がついたのは、デートの日。


桜が席を外した瞬間に女の人たちに話しかけられて、煩わしくて堪らなかった。

そこの席、桜のところなんだけど、とか
戻ってきたら嫌な思いさせるかもしれない、とか

びっくりするくらい、彼女のことしか考えてなくて。

だから、桜が立ちすくんでるのを見たとき、自分でも制御しきれないくらいに低く冷たい声が出て、女の人たちは一瞬で帰って行った。


でも、もう手遅れだったのかもしれない。

僕が彼女に駆け寄ったときには、
彼女は"ちゃんと"笑ってはくれなかった。 

心配かけないようにと、表情は笑ってるけど、
すごく、すごく泣きそうに見えた。

だけど、もしかしたらすぐに元気になってくれるかもしれないと思って、気づかないふりを…


してしまった。



まさか、そこまで抱え込んでいたなんて気付いてあげられてなくて。

学校からの帰り道、泣きながら僕に「別れ」を告げる彼女に、頭が真っ白になった。


気づけば僕の一人称が俺に変わるくらい、動揺した。

俺を、嫌いになった? 

何か、してしまった?

それとも……、


口には出さなかったけれど、他に好きな男が出来たのか、とか。


今日の昼休み。

購買に行く途中に、同じクラスの渡辺さんにはじめて話しかけられた。

渡辺さんって……、確か前に桜が「絢子ちゃん」って呼んでた子だっけ…?

「あのね、桜ちゃんがね」と話し始めるから、桜ちゃん、という単語に反応した僕は聞くしかなかった。

「前に桜ちゃんにね、真城くんのどこが好き?って聞いたらね、優しいところとか、努力家なところ、とか言ったあとになんて言ったと思う?」

「多すぎて言いきれないって、言ったの!もうそのときの桜ちゃんすっごく可愛くって!真城くんにもそれを伝えたかっただけなの!」

まるで嵐のように話して去って行った渡辺さんのその言葉は、僕を照れさせるのに十分で。


実はずっと、自分は『ハルトくん』に似たこの顔しか好かれていないのかと思っていた。

それでも良い、それでも桜のそばにいられるなら良いと思っていたけれど、それはやっぱり虚しくて。

だから、本当に嬉しかった。


だから、余計に、辛かった。


天国から、地獄に叩きつけられた気持ちだった。


もう僕が、伊住桜の彼氏ではないなら。

僕は、彼女が違う男と笑っているのを、どんな顔で見ていられる……?