どこに向けられた声なのか分かるから、私はその方を見なかった。
だけど……心の中で思う。
悪ノリしすぎと言うのなら、どうして止めてくれないの?
きっと、田澤くんがひと言『やめろよ』って言ってくれたら、いじめは収まる。
勘違いかもと一度は思ったけれど、私にはやっぱりあの時の田澤くんの態度が、“いじめてもいいよ”っていう合図だったみたいに思えた。
ガタンと大きな音がして、田澤くんが前原くんに「邪魔」と言った、あのとき……。
「や、だって前原って、ちょーおもしれーんだもん!」
「ばーか!」
悪びれる様子なんてない男子。それに返事する、田澤くんの声もとても軽い。
直接いじめる側には回らない……だけど、田澤くんも楽しんでいるように思えた。
やっぱり苦手……。
っていうか、むしろ嫌いかもしれない。
止むことのない前原くんをからかう声に、耳を塞ぎたくなりながらも、朱里達との会話に集中しようとしたそのとき。
「ほどほどにしといてやれよー」
田澤くんの声がすぐそばで聞こえて、ちょうど私の真横を彼が通り過ぎた。



