「……じゃあ、さっきの続きから。前原」
国語の授業中。本読みを指名した先生の声に、ほんの少し教室内がざわついた。
理由は先生を除いて、みんな分かっている。
「すみません。教科書忘れてきました」
ガタッと椅子を引いた音と一緒に響いた声。
「前原ー、この前も忘れものしてただろ。受験前にボーっとしすぎだぞ」
呆れたようにため息をつく先生。クラスのみんなは、クスクスと小さく笑う。
だけど私は、笑えない。
だって……。
「じゃあ隣の坂本、悪いけど教科書貸してやって」
「えー!」
明らかに嫌そうな坂本さんの声。
「ほら早く」
先生に急かされて、渋々渡したようだけど、「マジあり得ない」と迷惑そうに言った声が、少し離れた私の席まで届いた。
あり得ないならどうして……そんなことするの。
坂本さんにも、先生にも誰にも言えず、心の中で呟く。
だって前原くんは、本当は教科書を忘れたりなんかしていない



