何が起こったのかは、その瞬間を見ていなかったから分からない。ただ、


「……邪魔」


短く呟いた田澤くんの声が、しんと静まり返った教室に響いた。


そして、何事もなかったのように歩き出す田澤くん。

誰が先陣を切ったのかは分からないけど、クスッと小さく笑う声が広がり、


「亮輔、おはよー」

「おはよう、田澤くん」


次々に人気者の彼を囲む、挨拶の声。


一度静まり返った教室は、一瞬にしていつも通りの騒がしさを取り戻した。

たったひとり……前原くんを置き去りにして。


「ちょっとびっくりしたね……」


呆然とする私に、そう声をかけてきたのは朱里。


「うん……」


田澤くんを追うことも、何か言葉を発することもなく、黙って椅子を直した前原くんは、再び机の上の本に手を伸ばしていた。


「前原って、見るからにどんくさそうじゃん。どうせ変な位置にいたんでしょー」


大したことないよと、笑う梨花。