透明な海



「なにがあった?」潤は言った。

薄暗いオレンジの光の中で、静香は一瞬躊躇う素振りを見せたあとに口を開いた。

「……今日、友達の家に行ったの。それで、最初はテレビ観たの。友達が自分の部屋のテレビで録画したやつ。心霊特集の番組」

「うん」

「で……怖いじゃん。暗い部屋に一人とか。明るくても怖いじゃん」

「うん」

「で、怖いの観たあととか、本当に自分の身にも起こったらとか考えるじゃん。最悪、それまではいいんだよ。何回も経験あるし。それでもなんとか一人で寝たし」

「うん」

「そういうときいつも、起きてる間は逃げる準備万端にしてるの。そんで疲れて結局寝ちゃうんだけど。でも……」

「でも?」

「今日、逃げられないから」

「なんで?」

「……今日、テレビ観たあとにスケボー乗ったの。それで……転んだ」

「どっか痛いの?」

静香は小さく頷いた。「腰」

「腰?」

ちょっと待てと言って、潤はベッドの上にあぐらをかいた。

「えっ、どう転んだの」

「なんかに突っかかって、後ろに」

声を抑えて、潤は「は?」と返した。

「後ろって、しりもち?」

静香は拗ねたような表情を作った。

「笑ったら本当にぶっとばすかんね」

「たぶん多くの兄が心配する。今は? どれくらい痛いの?」

「普通に……まあ」

「ええ……なんで早く言わないかな……」

「日頃の行い。絶対馬鹿にすると思ったから」

「そりゃ本当にごめんねだわ。頭は打ってねえ?」

「大丈夫」

「……冷やす?」

「えっ、しりもちついて冷やすの?」

「知らねえ? 打撲のライス」

まずそう、と静香は舌を出した。

「レスト、アイシング、コンプレッション、エレベーションの頭文字。最近はプロテクトとサポートが増えてプライスになってるらしいけど」

「……出た、雑学王」

「たまに役に立つんだよ。痛みは? 転んだ直後から悪化してねえ?」

「大丈夫。むしろよくなってる」

「そうか。とりあえずアイシングパック持ってくるけど……絶対動くなよ」

潤は自分の携帯電話を手に取り、操作した。

「これ聴いて待ってろ。癒しの美声、宮森みあ様のキャラソンだ」

「アニメ?……こんな曲入ってんの?」

「お前な、宮森みあ馬鹿にすんなよ。顔よし性格よし声もよし、おまけに歌唱力も抜群な最強の女子高生キャラだっつうの」

「どんなアニメなの、これ」

「ああうっせうっせ。とにかくその美声に惚れてろ」

「このキャラクター女だし」だの「本当におかしい人」だのという声を聞き流し、潤は明りを点けて私室を出た。