同時に椅子を引いたのは、本格的に宿題を片付ける合図だった。
「そうすると、このエックスは――」
「ああ、そんなことも聞いたことがあるような」
「うん。すると?」
潤がシャーペンを走らせると、十織は「正解」と優しい声を発した。
「あと二問は解き方同じだから、やってみて」
潤はため息をついた。
「お前、数学教師にでもなれば?」
「数学は特に好きじゃないよ」
「じゃあ生物学者」
「学校自体あまり好きな場所ではないから」
「へええ」
「早く進めないと夏休み終わっちゃうよ」
スパルタ禁止と返し、潤は問題集に向き直った。
十織は後方の雑踏を眺めている。人間観察というその趣味に、持て余した時間を充てているのだろう。
自分の勉強は家で終わらせるから気にしないでと穏やかに言われたが、潤としては複雑な思いを抱くだけだった。