透明な海



携帯電話を操作する静香から、どこか上機嫌な様子が窺えた。

「なんかいいことでもあった?」潤は手元の文字を辿りながら言った。

マグカップがテーブルに置かれる音がした。

「別に? もう夏休みだから」

「宿題は?」

静香は深く息をついた。

「もう、潤はいっつもそう。人がうきうきしてると現実突き付けてテンション下げる」

「あまり浮かれていては後々大変だと言ってるんだ」

「親だの先生だのじゃないんだから。潤だって高校生でしょう? 長い休みが明日から始まるっていうんだから、もうちょっと楽しそうにしてもいいんじゃないの?」

「別に大きな予定があるわけでもねえ」

「にしてもだよ。なに潤、学校大好き人間なわけ?」

「そうじゃねえけど」

「はあ。そんで? 潤は宿題についてどう思ってるわけ?」

「どうもこうも、休日を脅かす危険な存在だ。悪魔と言っていいだろう」

「なんなの。大嫌いなんじゃん」

「まあ、おれの夏休みなんて、宿題に追われて終わるんだ。学生という肩書を得てからずっとそうだ」

「なんか前、お母さんに手伝われてたことあったよね。『明日で夏休み終わりなんだぞ? なにちんたらしてんのよ、手伝うから貸して』って」

「変なことばかり覚えていやがって」

「読書ばかりしてないで、ちゃんと宿題もやるんだよ?」

「静香こそ、友達と遊んでばっかいんなよ?」

「潤こそ」

「おれはもう、明日から徹底的に勉強漬けだから」

「へえ。なんか楽しみ」

「部屋に入って心臓止めんなよ」

「いやまあ……」

兄の部屋とか興味ないけどねと続ける静香へ、潤はなによりだと短く声を返した。