透明な海



放課後、生徒の減った教室で、鞄を肩に掛けて席を離れようとしたとき、足元にしゃがんでいる女子生徒の存在に気がついた。

おっ、と声を漏らして「どうした?」と声を掛けると、彼女は悲しげな表情を浮かべた顔を上げた。

「……ストラップ、見なかった?」

十織は鞄を机に置いた。

「ストラップ?」

「うん。カメラの」

「カメラ……。写真部?」

「ああ、ううん。カメラぶら下げる方じゃなくて、カメラの形した飾りがついた小さなストラップなの」

「ああ、そうか。一緒に探すよ、いつからないの?」

礼を言って、女子生徒は「わからない」とかぶりを振った。

「下校の準備するときに気づいて……。普段はペンケースにつけてるの」

「わかった」

ありがとう、と女子生徒はふわりと切なげに微笑む。


教室の床全体を見渡したあと、十織は教室を出た。今日の午後には教室の移動があり、その際に落としたのかもしれないと思った。

慎重に階段まで移動し、同じように一段ずつ階段を下りた。

やがて、あ、と腹の中に声が滲んだ。

金色のストラップに、白と茶色のボディのカメラがついたものが落ちていた。

十織はそれをそっと摘み上げた。カメラを模した飾りが小さく揺れる。

ストラップの紐に癖がついており、長い間なにかについていたことが想像できた。


戻った教室に生徒はおらず、女子生徒が這うように床の上を探していた。

「ストラップ」と十織が声を発すと、彼女はゆっくりと立ち上がった。

「見つかった?」

「それっぽいのは」

確認してもらっていいかなと言いながら、十織は彼女との距離を縮めた。

女子生徒の華奢な白い手に、小さなそのストラップを置いた。

はっ、と彼女は強く息した。

それを合図にしたように、彼女の表情が明るくなっていく。色水がじわじわと滲んでいくようだった。

「これだ。うわあ、ありがとう。どこにあった?」

「階段の端に。見つかってよかったね」

「下谷君のおかげだよ。ありがとう」

さすがだねと笑みを見せる女子生徒の様に、どきりと微かな音を立ててなにかが胸中に広がった。

「午後に教室の移動があったから」と返し、十織は机の上の鞄を手に持った。

灰色の肩紐を肩に掛けると、女子生徒は「本当にありがとう」と改めて軽く頭を下げた。

「大切なものだから、本当に助かった」

「そうなんだね。役に立ててよかったよ。じゃあ、おれは」

微かな声に続いた「気を付けてね」というぎこちない声の並びに「長谷川さんもね」と返し、十織は教室の出入口へ向かった。