透明な海



洗顔と歯磨きを済ませてリビングに入ると、「おはよ」と母親の低い声が言った。

「たらこむすびと鮭むすびどっちがいい」

「……どっちも」

「ふざけんな。特大おむすびだぞ」

「ふざけてねえし」と返すと、「はいよ」とキッチンから一つずつ握り飯が飛んできた。

握り飯はどちらも海苔が巻かれており、海苔の部分のラップに白で「しゃけ」、「たらこ」と書かれている。

「我が親切心に感謝するがよい」

「恩に着ます」

「よろしい。そんで、静香は?」

「さあ。階段でも洗面所でも会わなかったな」

「そうか。まだ寝てんのかな」

「そうなんじゃね」

「ええ……。潤、起こしてこいよ」

「嫌だよ、殴られるもん」

「なに、静香まだそんなことすんの?」

「いや、冗談だけど」

「冗談に聞こえない冗談は冗談とは言わないんだよ」

もう黙って起こしてこいと低い声で言われ、はいはいと返して潤はリビングを出た。


猫の顔の形をした木に三本の弦が張られており、長さの異なる木の棒の一端に木の球がついたものが、扉についている。扉を開閉すると音が鳴るというものだ。

潤はその扉を開けた。きらきらした柔らかい音が鼓膜を揺らす。

部屋の中には猫の雑貨が多く、妹の猫好きを表している。

「……静香。起きろ」

何度か名前を呼んでも反応がなく、潤は妹の体を隠す掛け布団を剥いだ。

「……寒い」

「朝だよ。起きろ」

「嫌だ」

「頑張れし」

「頑張れねえし」

「あと十カウントする前にベッド出ねえと蜂蜜レモンなしだぞ」

「ええ……? 嫌だ」

「はい十。九、八、七……六――」

「わかったわかった」

脅しとかひどいよと言って、静香は上体を起こした。

「ベッドを出ろ、と言ったよな。五、四――」

「はいはい、出る。出ますって」

これでいいでしょ、と静香は部屋の床に立った。

「よろしい」と短く返し、潤は「二度寝すんなよ」と残して部屋を出た。