昇降口を出るとすぐに隣に人の気配を感じた。微かに甘い香りがする。七瀬だった。
「今日はお天道様さんさんだね」
「……お前まだなんか食ってんのかよ」
「まだっていうか、もう小腹が空いてくる頃でしょう?」
露木君も食べる、と疑問符とともに棒についた飴が差し出され、いらないと即座に返す。そういえば高校生らしからぬ高校生だったねと笑う彼女へ黙れと短く返す。
数段を下ると、七瀬も隣でついてきた。
「帰ったらなに食べようかなあ」
「よく食べるね」
「お腹空くじゃん。なんでみんなそんな燃費いいの?」
「たぶん七瀬が悪いんだと。……たぶん」
「リッター六キロくらいかな」
「何十年前の車だよ」
「十六年前に作られたけど……どう?」
「まあ、それくらいじゃあ普通だったりすんのかな」
「どうなんだろうね。車とかちょっと、専攻分野じゃないから」
「……えっ、なに専攻してんの?」
「駄菓子。なんでも訊いて? 即答できるから」
「将来は菓子メーカーに就職かな」
「それはたぶんないなあ」
「……そりゃなんで」
「だって、掛け持ちとかだめでしょう? そうすると、一か所に絞らなきゃいけない。好きなメーカーなんていくらでもあるし、その中から一か所を選んでその会社の一部になるなんてそんな……」
なんてハイレベルな決断、と七瀬は天を仰ぐ。
「……菓子好きも大変だな」
七瀬はぱっと潤の方を見た。
「そう言う露木君は? なにが好きなの?」
「好きなもの……。蜂蜜レモン」
「ああ、あの蜂蜜に漬けたレモンね。わたしは食べたことはないけど、中学で運動部に所属してた友達が運動後に食べるのがおいしいって言ってた。運動後に蜂蜜の甘さってきつくないのかなって思ってたの」
「まあ、おれが好きなのはその飲み物なんだけど」
「ああ、蜂蜜レモンドリンクね。温かいそういうの、ペットボトルで飲んだことある。おいしいよね。じゃあ、露木君は飲料メーカーへ?」
「いや。おれの夢は自他ともに認める美味な蜂蜜レモンを作る男だから」
「ん? そういうのを出してる企業に入って最高の蜂蜜レモンドリンクを開発、とかじゃあだめなの?」
「それじゃあおれの蜂蜜レモンじゃねえだろ?」
「ああ、そこにこだわるんだ? 本当に好きなんだね。なんか、露木君の蜂蜜レモン飲んでみたい」
「嫌だ」きっぱりと返した。
「なんでよ」
「はまられたら困る」
「うわ、すんごい自信」
「当然だ」
「でも蜂蜜レモンドリンクって、ただお湯とか水に蜂蜜とレモン果汁混ぜるだけなんじゃないの?」
「まあそうなんだがな? その割合によってえらいことになんだよ。ちょっと間違えると軽い地獄だからな」
「へえ、そんなにそんななんだ」
「深いんだよ、蜂蜜レモンは」
「へええ。ますます露木君の蜂蜜レモンドリンクが飲んでみたい」
「……じゃあまあ、気が向いたら」
「えっ」
本当に、と七瀬は顔を覗き込んできた。
潤は反射的に彼女のまっすぐな目から視線を逃がした。
「本当に?」
「……まあ」
「やったあ。嬉しい」
子供みてえだなと言おうとした声を飲み込み、彼は純粋に口角を上げた。



