透明な海



自宅の敷地に入ると、ななは「お花畑だ」と嬉しそうな声を発した。

「これは本当、小さい子の憧れだよね。かわいいドレスなんか着ちゃってさ。歳の離れたお姉ちゃんはお母さんと一緒に、白いテーブルクロスが掛かった丸いテーブルで紅茶飲んでるの。そして、歳の近いきょうだいに花冠着けてもらうの」

「西洋を舞台にした映像作品の出だしみたいな」

「そうそう。ああいうやつのモデルにできるくらいの庭だよ、これ」

「そうかな」と十織が苦笑すると、ななは「そうだとも」と返した。


荷台に彼女がいなくなった自転車のスタンドを下ろし、自宅の鍵を開けた。

中に入ると、リビングの扉の曇りガラス越しに青い影が見えた。

「アムールちゃん、元気そうだね」隣を歩くななが言った。

「まだ若いから、それもあるだろうね。長生きしてほしいよ」

「うん」

わたしも、と、ななは優しく微笑んだ。


「先に行ってて」と告げると、ななは「ちょっと覗いてもいい?」といたずらっ子のような笑みを見せた。「いいよ」と返して、十織はキッチンに入った。

父親の使っているドリップセットを作業台に並べた。

なながコーヒー豆の瓶を手に取る。

「うわあ、なにこの洒落た瓶」

「コーヒー豆だよ」

「ええ……てっきりワインかなにかかと」

「親父が気に入ってて。カフェオレにするにもちょうどいいから、ちょっとちょうだいしてるんだ」

「そんなのりでちょうだいできるもんなの、これ?」

「まあ、親父は穏やかな人だから」

「確かに、おじさんって十織みたいな人だもんね。『好きにしていいよ』って笑ってくれるのがすごい想像つく」

「おれはもう一方の血もしっかり受け継いでるけどね」と十織は笑い返し、はいと返された瓶を受け取った。