透明な海



「遠藤」の表札を抱える赤い屋根の家が目前に迫ってきた頃、鞄の中で携帯電話が着信を知らせた。

アキと同時に鞄を探り、先に音源を手に取った十織は「おれだ」と声を発した。

携帯電話の画面には、灰色の人影と「なな」、「着信」の文字が表示されている。

「彼女?」とからかうように言うアキへ「そんな相手いないよ」と苦笑して画面の「対応」に触れる。

携帯電話を耳に当ててすぐ、「十織」と幼馴染の声が叫んだ。

十織は反射的に携帯電話を離し、一度深呼吸してすぐ耳に当てた。

「どうした?」

「助けて……もう嫌だ……」

幼馴染の声は半泣きだった。

「なな? 落ち着いて。なにがあった?」

「……十織……虫……」

「虫?」

「そう……。虫出た……」

助けてと続ける声は頼りなく、連れ人と離れた幼子のもののようだった。

「十織?」

「ん?」

「今どこ……?」

「いとこの家の近く。ななは?」

「庭……」

そうか、と十織は笑った。

「非難は完璧だね。そこで待ってて、もう帰るから」

「わかった……」

「大丈夫だから。少し待ってて」

電波越しに頼りなく頷く幼馴染へ「切るよ」と言って、先ほどと同じように頷いたのを確認して通話を切った。

「なにお前、おれと悲しみのマイクロ千ピースを置いて帰るわけか?」

「ごめん。パズルなら、やれと言われれば一回帰ってからまたきてやるから」

「まじで?」

「頑張らないこともないよ」

「まあいいよ、パズル組めなくても死なねえから」

でも、とアキは続ける。

「さっきの様子から想像するに、あの“なな”って人は虫がそばにいたら死んじまうような人なんだろ? 助けてやれ」

早く行ったれと背中を叩くいとこへ、十織は自転車もらってからじゃないとと返した。

アキはああそうだと苦笑する。