「おれは『普通』に憧れた。だから、その『普通』を学ぼうと思った。それで人間観察をするようになった。『普通』に限りなく近い人というのはどんな人なのか知りたかった。自分がそれとどう違うのか」
おれが人間の存在意義に疑問を抱いて文学の世界に飛び込んだのと似ているかもしれない、とは言葉にできなかった。
平均的な人生を歩んできたおれが下谷十織への理解を示すような言葉を吐いていいのかという問いに対して、答えが出せなかった。
「結局、どれだけ人を見ても、『普通』という言葉の定義はわからなかった。同じように、『異常』や『変』といった『普通でないもの』がどういうものなのかもわからなかった。どれもがそれぞれ、それらに当てはまるように思えてならなかった。
それについて考えるより先に、おれは『個々』を好むようになった。いろんな人がいるということがわかったけど、それによって誰かに迷惑が掛かっている場面を見たのは数えきれる程度だった。
それなら、どんな人がどういてもいいのではないかと思った。皆『普通』であって『変』である――そう思った。『特別』な人間など存在しないのではないかと思った。皆対等に『平凡』で『特別』なのだと思った」
「……そうか」
「でもね」――十織は静かに言った。その声に、潤は確かな憂いを認めた。
「下谷十織がどんな人間なのかはわからなかった」
「……え?」
「自分がどんな人なのかわからなかったんだ。だから、どういるべきかわからなかった」
「いたいようにいればよかったんじゃないのか?」
「そうだね。でも、おれにはその答えが出せなかった。だから、人を愛すことを自分の在り方にした」
なにも返せなかった。同時に、やっとわかったと思った。



