透明な海



潤が足を止めると、十織は「あっ」と声を発した。

「家ここ?」

「ああ」

「知ってる。ここ知ってる」

「ああ、わかったからもう帰れ。風邪引くぞ」

「ああ、うん」

そこだったんだねと笑みを見せ、十織は「じゃあまた」と軽く手を振った。

潤は大きな一歩を繰り返す背を、「間違っても風邪引こうとか考えんなよ」と見送った。


玄関の前で服の裾を絞った。雑巾を絞ったときのように水が落ちる。

がちゃりという音を認め、顔を上げると静香が「なにしてんの」と冷たい声を放った。

「……雨に降られた」

「びちゃびちゃじゃん」

「……困った」

「せめて玄関でどうにかしてよ? 家の中濡らしたら承知しないから。さっさと着替え済ませて蜂蜜レモン作ってよ。あとレモンピール」

「本当に無慈悲な人間に育ったな、お前」

「兄がずぶ濡れでもどうでもいいし」

「まあごもっともなんだけど」

「とにかく早くしてよね」

まったくという声のあと、ドアが閉められた。

少ししてからまたドアが開けられ、「これ使えば」と洗濯籠が放られた。

遠くに雷鳴が響き、潤は「ええ……」と声を漏らす。

悪いけどこりゃ中入るぞと密かに宣言し、彼はドアを開けた。