お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》

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「旦那様。紅茶をお持ちしました。少し休憩されてはいかがです?」


とある麗かな日の午後。

執務室にこもっていたクロノア家の旦那、ウォーレンの前に、温かなカップが差し出された。

山積みになっている資料から顔を上げたウォーレンは、すっかり屋敷に馴染んできたメルを見つめる。


「あぁ、助かるよ。…お、ミルクティーか。よくこの茶葉を知っていたな。」

「はい。旦那様がお好きだと使用人の方々から聞いたものですから。それと、よろしければコレも。」


ティーカップのソーサーに乗せられた小さなスプーン。艶々とした琥珀色の蜂蜜だ。


「マヌカハニーです。最近、喉の調子がよろしくないようですのでお持ちしました。ミルクティーにも合いますよ。」

「はは…!ありがとうメル。お前はよく見ているね。随分と有能な執事が来てくれたものだ。」


感心したように笑みを浮かべたウォーレン。
貿易商であった彼は、その外交力もさることながら、地道な努力を惜しまない男であった。そして、そんなウォーレンの姿に名ばかりの貴族ではないと知ったメルは、彼に仕えていく意思を決めたのだ。

メルは幼いながらも、すでに執事としての志が高く、主人への忠誠心は人一倍あった。それは、ミカゲによる執事指導の影響もあったが、本来備わっていた責任感と頑固さが根底にある。

そのせいもあってか、メルはウォーレンと共に社交場へ出向くごとに、その細やかな気遣いと執事の実力が徐々に周囲に知れ渡り、今では立派な最年少執事として有名になっていた。