お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


その時、艶やかに目を細めたメルがそっ、とルシアに囁いた。


「さて、お嬢様。私が人妻好きだという誤解は解けましたか?」

「えぇ。ごめんなさい。こっそり後をつけるようなことをして…」

「ふふ。謝らないでください。」


わずかに首を傾げ、ルシアの顔を覗き込んだメルは、穏やかに、そして凛とした声で続ける。


「私はお嬢様一筋ですから。他の女性にうつつを抜かすつもりはありませんよ。」


ふわりと微笑んだメル。

その言葉は、専属執事としての揺るぎない覚悟と主に対する忠誠だった。


「さっすが、メル!執事の鑑〜!!!」

「ははっ。もっと褒めて。」


やがて、拍手喝采のダンレッドに笑い返したメルは、すくっ、と立ち上がり、ルシアに手を差し伸べる。


「屋敷まで送ります。立てますか?」


ルシアが応え、初めて重なった手。

手袋越しではない体温がじんわりと指から伝わり混じった。メルもルシアもダンレッドも、心地よい空気に表情が緩む。


「せっかくなら、三人でどこか寄り道してく?美味しいスイーツでも食べようよっ!」


ダンレッドの言葉に、ルシアはメルを見上げる。期待を込めて様子を窺う彼女の視線に、メルは小さく口角を上げた。


「お嬢様がお望みなら、私はどこへでもお供しますよ。会計はダン持ちですから。」

「おっ!そういう感じか〜!旦那様にツケてもらおっと。」


ルシアを中心にして並ぶ三人の影。

ケラケラと楽しそうな笑い声が、長閑な郊外に響いたのだった。