お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


驚いたように目を見開く彼女。

やがて、ルシアは照れたように目を伏せ、「愛想を尽かされないようにしなきゃ…」と小さく呟いた。

メルは、そんな彼女が珍しかった。

今までミカゲの元で見てきた主人は、執事が自分につくことが当たり前で、執事のレベルに見合うよう努力をしようとしたり、対等な関係になろうとする者はいなかった。

ましてや、執事を気遣い、自分の身分や地位をひけらかさない貴族を見たのも初めてだ。彼女は、貿易商クロノア家の令嬢として、十分上流の身分であるのに。


「メル。ずっと、私の執事でいてくれる?」


緊張を必死で隠すようなルシア。
まだぎこちないその声に、メルは穏やかに微笑んだ。


「もちろんです。私の全てを、お嬢様に捧げましょう。」


メルの笑みに、ルシアはほっとしたように笑い返した。

すっと傅き、手を取ったメル。ルシアは目を丸くした後、やがて嬉しそうに両手で握り返してしゃがみ込んだ。予想を超えて目線を合わせてきた主人に、メルも驚いたようにまばたきをしている。

後頭部で腕を組みながら、そんな二人を見守っていたダンレッドは、ウォーレンと目を合わせてにこりと笑った。



これが、運命を変える出会いだった。

メルは、主人であるルシアに忠誠を誓い、執事として側にいることを心に決めた。

何があっても、二人がお嬢様と執事の延長線上にいる限り、それは無条件に果たされる。

そう信じて疑いもしなかった。


その誓いが、主従の一線を越えた夜に夢のように消え去ることなど知らずに。