お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


むにゃむにゃ、と夢の中にいる様子のダンレッド。メルは、そんな彼にばさり、と燕尾服をかける。
風しのぎのためであったが、全てを置いて行く覚悟を決めたメルにとっては、ちょうど良かった。

閉じたままの薔薇色の瞳に、メルは目を細める。
その時。ダンレッドの唇が微かに動いた。


「ふへへ……、める……」


不意に聞こえた、ダンレッドの声。
ふにゃり、と緩んだ気の抜けたその表情に、メルの動きが止まった。
紡ごうとしたさよならが、雪解けのように消えていく。


(夢の中でも俺の隣にいるのか?ほんと、呑気な男…)


しゃがみ込み、目線を合わせる。
夢から覚めない様子の彼に、メルは小さく別れの言葉を囁いた。


「…後は頼んだよ、ダン」


静かに離れる距離。
メルのローズピンクの瞳は、屋敷から伸びる道をまっすぐ見据えた。



もう、迷わない。

過去も、情も、ここに置いて行くと決めた。


ルシア。

君との最後の夜は俺にとって最大の誤算で、最上の幸せだった。


そして、ダン。

決して直接伝えることはないけれど。
俺の隣に立つ相棒が、お前で良かった。


メルは振り返りはしなかった。

軽やかにトレンチコートを翻し、一人、静かに郊外の森へと消えていったのだった。