お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


沈黙が歯がゆい。
タイムリミットは刻々と近づいているのに、うまく会話が見つからず、もどかしい。
伝えたいことはたくさんあるはずなのに、いざという時になって声が出ない。

結局、他愛もない会話を交わし、時間が過ぎていく。

ふと壁の時計を見つめたメル。
その針は午後十一時五十分。

二人の時間はあっという間に過ぎて、感慨にふける余裕もない。

メルの視線に気付いたルシアも時計を見つめた。その瞳が、わずかに陰る。


「もうすぐ、日付が変わりますね」

「そうね…」


彼女の声のトーンが下がったように思えるのは、気のせいだろうか。
メルは、全ての感情を押し込めるように静かに深く息を吐く。

メルは、すっとソファから立ち上がった。
トレンチコートを羽織る彼に、ルシアは後を追う。


「メル…?」

「…はい?」

「もう、行くの…?」

「えぇ。こんな夜分まで、結婚式前夜の花嫁の部屋に“ただの執事であるだけの男”がいたらダメでしょう?」


目を見開くルシア。

まるで、明日隣国に嫁ぐことさえも頭になかったような表情だ。
ふっ、と夢から現実に引き戻されたような瞳に、胸が痛む。


(どうして今さらそんな顔をするんだ。貴方は、いつも笑っていたのに)