お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》



「……虹は見えましたか?」


目を見開くルシア。
少しの沈黙の後、穏やかなローズピンクの瞳に彼女は頷く。


「えぇ。でも、メルが来る前に消えてしまったわ」

「それは残念ですね」


全ての言葉を飲み込んだメル。
彼が察していることに気付いているルシアも、そっと燕尾服のジャケットに顔を隠した。

その時、ルシアの指がメルに触れた。
消え入りそうな彼女の声が確かに届く。


「メル。シャツが乾くまでは家にいて…?」


メルの瞳が動揺で揺れた。
初めて伸ばされた手は、メルの濡れたシャツをぎこちなく掴んでいる。


「…おねがい…」


お互い何も言えなかった。
その続きは何も話さなかった。
俯き、視線は交わらない。

そっと重なる手。
シャツを掴んでいた彼女の手を、メルは優しく触れて離す。


「分かりました」


提案をのんでくれると思っていなかった様子のルシアは、ぱっ!と顔を上げた。


「お言葉に甘えて、今日は、もう少しだけ屋敷にいます」


ルシアとメルの目が合ったその時。
傘を手に駆け寄るダンレッドがメルの視界に映ったのだった。