お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


酔い潰れるまで恋情に惑わされ溺れたメルは、今どんな気持ちでいるのだろうか。


何も変わらないわけ、ないじゃないか。


彼女は他の男の妻になるんだよ?

隣国のお姫さまになっちゃうんだよ?


(それをあんたは心乱さずに、一番近くで見ていられるの?メルーー……)


ダンレッドは何も言えなかった。
何かを口にしたら、二人が必死に保っている平穏が崩れてしまいそうだった。そしてきっと、一度崩れたそれは、二度と元に戻ることはない。

あまりにも儚く思えた彼らの笑みに、ダンレッドは胸を痛めたのだった。


それから、時計の針は止まることなく時を刻んだ。

頼んでもいないのに休むことなく流れる時間は、今までよりも早く、そして長いものだった。

お嬢様は、いつも笑っていた。
メルの隣で淡々と婚姻の準備を進めていたが、未来のことは何一つ口にしなかった。

それは、メルも同じだった。
初めて本音を零したあの夜から、どこか吹っ切れたように自然な笑みを浮かべるようになった彼。ただ、あの日から、メルの本音は聞かなくなった。ダンレッドの背中で語られたあの一瞬が、メルの涙を見た最初で最後の時であった。


そして、とうとう明日は隣国に嫁ぐ日。

最後の日でさえも、二人は怖いほどいつも通りだった。

ただ一人、ダンレッドだけはもどかしげに眉を寄せ、いっそのこと本当に駆け落ちしてしまえ、と遠くから彼らを見つめていたのだ。