お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


その一瞬は、今までのメルなら決してすることのない仕草だった。
触れた先の熱に微かに頬を赤らめたルシアが、ぎこちなく頷く。

メルは背を向けると、コツコツと屋敷の扉に歩み寄り、扉の向こうへ消えていく。

一部始終を見守っていたダンレッドは、どこか艶っぽい空気にあてられたかのように視線を彷徨わせた後、ルシアへ、にこっ!と笑いかけた。


「じゃあね、お嬢さん。おやすみ」

「うん。おやすみなさい」


トレンチコートを大事そうに抱きしめ、コツコツ、と自室へ戻っていくルシア。
彼女の背中を見送るダンレッドは、なんとも言えない切ない気持ちに襲われていた。


(プライベートの時間に少し会っただけで“これ”かぁ。いっそのこと、二人きりにしてやればよかった……)


…と。
彼女の姿が完全に視界から消えた、その時だった。


屋敷の中から聞こえた大きな音。
はっ!として、慌てて扉を開けたダンレッドの目に飛び込んできたのは、スイッチが切れたように玄関に倒れこむメルだった。


「メル〜〜っ!?」


辺りを気遣ったような小声のダンレッドの叫び。
抱きかかえられたメルの「…限界…」の呻きが、お嬢様に届くことはなかったのだ。