お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


やがて、メルは我慢の糸が切れたように、ぽろぽろと口から言葉が溢れる。


「なんで、俺の一番大切な……、何よりも大切なあの人が、ぽっと出の貴族の二番三番にさせられなきゃいけないんだ…」


ダンレッドは、背中から聞こえる相棒の声に黙って耳を傾けていた。


「俺が目を逸らして、我慢して、ずっと考えないようにしていたことを…、彼女との歴史なんかこれっぽっちもないような男が、いとも簡単に奪っていく…」


わずかにメルの呼吸が変わった。
顔をうずめたメルの肩が、堰を切ったように震える。


「ふざけるな………!」


痛かった。

心が痛くて痛くて、握りつぶされる。

そのセリフは、リューデが屋敷に来たあの日、メルが浴びせたかった言葉だった。
必死でのみこんだ罵倒が、感情の波に揺られて流れ出る。


「俺が情を持って手を伸ばすことさえ許されないあの人に…っ、側室扱いするような奴が勝手に触るなよ……!……っく、…………っ……」


視界が滲み、メルは初めて自分の頰に涙が伝っていることに気がついた。
声を殺すように涙を流すメルに、ダンレッドは何も言わなかった。

そして、溢れる涙が止まるまではらはらと泣いたメルは、やがて、ぽつり、と呟く。


「…ごめん。ダン。今の、お嬢様には言わないで…」

「うん」

「…ダンだけ。お前だけ知ってくれていればいい…」

「うん、分かった。メル。今日は、ちゃんと寝れそう…?」


メルは、静かに頷いた。
目を閉じて暗闇の中にいるのは同じなのに、服越しの背中の温度がひどく心地よく思えた。

温かく穏やかな安心感が胸に広がる。


「このまま屋敷に向かうから、来客用のベッドを今日だけこっそり使いなよ。終電、ないでしょ?」


ダンレッドの言葉に、メルはふわふわとした曖昧な思考の中で、こくりと頷いたのだった。