お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》


ウォーレンの言葉に男も頭を下げるが、随分と愛想がない。普通は向こうが謝るべきだろうに。


(すごい人混みだな。旦那様の後に続くよりも、歩く道を作った方がいいか…)


と、その時。メルは視界に映ったものを見て、瞬時に体が動いていた。


「待て。」


流れるように掴んだ肩。

ウォーレンにぶつかった男は、ぎょっ、としたようにメルを見下ろす。

男のコートのポケットから顔を覗かせるのはは“革の財布”。それは紛れもなくウォーレンのものだった。

男の正体はスリ。ひどく動揺した表情から、ひとまわりも年下の執事に見破られるなんて想像もしていなかったことが窺えた。


『っ、くそっ…!!』


男はとっさに逃走をはかるが、メルは容赦なく背後をとって腕を締め上げる。男から苦しげな呻き声が聞こえるが、手加減などしない。


「旦那様、下がってください。」

「あぁ…」


すると、ウォーレンが答えた次の瞬間。物陰から別の男が飛び出した。

はっ!と気付いた時には、革財布を手に駆け出している。


(しまった、仲間がいたか…!!)


遠ざかる背中を追おうにも、メルは主犯の男を取り押さえている。加えて、追いかけたとしても、賑わう市場は人が多く、障害物が邪魔をして思うように動けない。少しでも目を離せば人混みに紛れて見失いそうだ。

その時。メルの視界に、値下げ交渉に成功しニコニコと商人と談笑している少年の姿が映った。


「“ダン”!!」