お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》

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「あっ!大道芸だ〜っ!ピエロがいますよ、メルさん!」

「よそ見しない。…ほら。人が多いんだから、前を見て。」

「わわっ!あぶね……っ!」


数十分後。

役場での申請を終えて港に向かう途中、メルは、活気のある屋台や大道芸に目移りしているダンレッドを引っ張りながら人通りの多い市場を進んでいた。ウォーレンは、そんな彼らを保護者のような瞳で見つめている。

メルは、近くのテントを指して言葉を続けた。


「ダンレッド。あの店でリンゴを安く仕入れて来れたら、トランプの一戦に付き合ってあげるよ。」

「えっ!本当ですか?!」


素直に買い物リストを持って“まかせろ”、と言わんばかりに駆け出すダンレッドを見送ったメルは、次の露店へと歩き出した。ウォーレンの半歩後ろを歩くメルは、すっかり執事としての所作が身についている。


(あとは、ガーデンで使う肥料と食料品だけだな。人当たりが良いダンレッドはきっと上手く仕入れてくれるだろうし、浮いたお金で夕食のデザートも買えるか…)


そして、メルが無駄のないスケジュールを頭の中で思案していた、その時だった。


ーートン!


突然、目の前から歩いてきた一人の男が、ウォーレンの肩にぶつかった。

人通りが多いせいもあるが、男は全く周りが見えていない様子だ。メルは、はっ!とウォーレンを支えるように背中に腕を伸ばす。


「おっと、すみません。」

『いえ…』