「メル。彼は、一体どのような用件で…?」
ただならぬ雰囲気におずおずとそう尋ねたウォーレン。
メルは自身の気持ちをなだめるように息を吐く。
「場所を変えましょう。ここでは……」
二度と、彼女に聞かせたくはない。
メルの視線の先のルシアを見て状況を察したウォーレンは、静かに頷いた。
しかし、その時。執務室に向かおうとする二人の耳に届いたのは、他でもないルシアの声だった。
「私を、嫁に迎えたい、って。」
ウォーレンも、メルも、動きを止めた。
嫁が意味しているのが側室だということをウォーレンも分かっている。
ひどく落ち着いていたその声は、まるで他人事のようだった。
「私は大丈夫よ、お父様。…王子のことも、ダンレッドのことも、許してあげて。」
その日のことは、よく覚えていない。
まるで、思い出すことさえ脳が拒否しているような、悪夢のような午後だった。
メルは、不思議と怒りも動揺も感じなかった。しかし、それはルシアの意向に無理やり寄り添おうとする執事のサガのため感情が凍りついてしまっただけに過ぎず、心は錆びた歯車のようにその動きを止めていたのだ。



