お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》



「…は?」


それは、ルシアの返答ではない。思わず声が出たメルのセリフだった。

翻訳ができないダンレッドは苛立っていたことすら忘れ、ぎょっ!とメルを見ている。

その言葉は、一流執事としてはあるまじき失言で、王子に向けるにしてもあまりにも品を欠いていた。しかし、訂正して頭を下げる気はさらさら無い。


「失礼ですが、王子。貴方にはすでに、ラティエ様という奥様がいらっしゃったはずでは…?」


つい、そう言葉が続いた。

メルがこの国の言葉で語ったことで、先程の王子の発言と相棒の態度の意味を察し、目を見開くダンレッド。

メルがその問いを口にしたのは、単純な疑問と歩みよる不確かな靄を払拭するためであった。しかし、王子は顔色一つ変えることはない。


「あぁ。ラティエは俺の正妻だ。」


その時、平静を保っていたルシアでさえ表情を崩した。さらりと告げられたセリフ。まるで、何を当たり前のことを聞いている、と言わんばかりの声色だった。

思ったよりも優秀であった執事に盗み聞かれていたと知り、もう言語の壁で隠す気もないらしい。

不確かな靄は消えるどころか、その輪郭をハッキリとさせた。嫌な予感、どころではない。怒りにも似たドロドロとした負の感情が、メルの胸にこみ上げる。