『……きれい……』
ドキドキした。
あの子になのか、あの音になのか。
名前の知らない感情に戸惑った。
ただただ見惚れていた。
聴き惚れていた。
――パッヘルベルの「カノン」を奏でる、顔も名前もわからないあの子に。
『姫ー!!』
『あっ、ハルくん!』
演奏が途絶えた。
……もう少し聴いていたかったな。
『こんなところにいたんすか!』
『ちょっと迷っちゃって……』
『奥さまも捜してましたよ?』
『え!?お母さん審査員じゃなかったっけ!?』
『だから焦ってるんじゃないっすか!』
『ご、ごめんなさい……!』
たった今走ってきた小さな男子に怒られ、女子はしゅん……と縮こまる。
さっきの威勢はどこへやら。
でも、かわいいな、って思ってしまった。
『そのバイオリンはどうしたんすか?』
『あ、これ?これは……ひ、拾ったの!』
『拾ったぁ?』
『う、うん!えらい人に落とし物届けなきゃ!』
あ、ごまかした。
あんなに脅しておいて、今度はかばってやったのか?
失笑しかけて口を押さえた。
変なやつ。
……そんで、優しいやつ。