ビルの外、ロータリーを回ってきた車に向かって歩きながらあやめは、なんの気なしに言った。 「そういえば、専務、今日はコート違うんですね」 「そんなに寒くないだろ」 と言ったあとで、妙な間がある。 基はあやめを見つめていた。 「なんですか?」 とあやめは言ったが、基は、 「……いや」 と言って、車に乗ってしまう。 なんなんだろうな、と思いながらも、あやめも乗り込んだ。 黒のダブルトレンチコートか。 まあ、旅行のときと違って、ほとんど車に乗って動くから、そう寒くはないよな。