「基様、基様、基様」

 基が部屋に戻ろうとしたら、階段のところで、高倉が手招きしてきた。

 なにごとだと思いながら近寄ると、
「あやめ様は旅行雑誌をご所望ですよ」
とひそひそと言ってくる。

「旅行雑誌?」

「ひとり、自分の心を見つめ直しに旅にでも出ようとしてらっしゃるんですかね?」
と言ったあとで、

「おっと、余計な話をしてしまいました」
とにんまり笑って、高倉は行ってしまう。

 自分の心を見つめ直しに、旅に……?

 本当か?

 もしかして、俺の許から逃げたくてとかじゃないのか?
と口に出して言っていたら、高倉に、すぐ、

「いや。
 だったら、まず、此処から引っ越すんじゃないですかね?」
と言われそうなことで、不安に思っていたのだが。

 口には出さなかったので、誰も否定してはくれなかった。