虹湖さんが結婚する、と真菜花ちゃんから電話があった。

『大変だったのよ!相手が私と虹湖ちゃんの直属の上司なんだけどね、その上司、社内に婚約者がいたからもう泥沼!』

入社して間もなく上司と付き合い始めた虹湖さんは、当初婚約者の存在を知らなかった。
別れてはヨリを戻すこと数回。
あのキャンプの直後から二ヶ月揉めに揉めて、上司の婚約が破談となった。
虹湖さんは請求された慰謝料も一括で支払って想いを遂げたらしい。

支店へ異動となってしまった虹湖さんだけど、『むしろスッキリしたみたい』と真菜花ちゃんは言う。
お祝いも兼ねて、今度みんなでランチしようと約束して電話を終えた。

玉ねぎを飴色にするのは、鬱屈した気持ちなのかもしれない。
『手の込んだことをしている間は、嫌なことを忘れられる』と言っていた虹湖さんも、きっとやるせない気持ちで玉ねぎを炒めていたのだ。
そうしてできたカレーを、その上司は食べたのだろう。
「おいしい」と言ったはずだ。
ドロドロに溶け込んだ気持ちを知ることもなく。
これからは、とろりと甘い味になるのだろうか。

何十分同じ動きを続けているのか。
私の気持ちと同じ色合いにドロドロしていく玉ねぎは、やめ時がわからない。
「嫌なこと忘れられる」どころか、同じ動きを繰り返すせいで、ずっと同じことばかり繰り返し考えていた。

川奈さんは明日、神宮寺リゾート杯の決勝に臨む。
相手は川奈さんより二歳年上の市川竜王。
先月初めての防衛に成功したばかりで調子もいい、棋界の若きトップランナーのひとりだ。

タイトル戦ではないけれど、川奈さんにとっては先日の棋王戦に続く大一番。
そんな大事な対局を控えた人に、私はなんてことをしてしまったのだろう。
こんなに茶色くてドロドロした気持ちのまま、対局に向かわせてしまうのか。
それとも、私のことなんてすっぱり忘れて、ただひたすらな将棋の世界に没頭しているだろうか。