「どうする? 放課後まで待ってから館下先生の家に行くか?」


そう言ったのは知樹だった。


すでに館下先生の家に行く気満々だ。


「もう待てないだろ。授業なんて受けてる場合じゃない」


直弘の言葉にあたしも頷いた。


シャワーを浴びている時でも、トイレに行っている時でも、いつどこからあの女や赤ん坊が姿を見せるかわからない。


その恐怖心は日常生活を破たんへ追い込んでいくのに十分だった。


一刻も早く、この状況から解放されたかった。


「それなら今日はもう早退しよう」


下りの階段の手前で直弘が言った、その瞬間だった。


直弘の体がグラリと揺れたのが目の端で見えた。


それはまるでスローモーションのように、直弘は大きく目を見開いた。


そして体のバランスを保つために一歩前へ踏み込んだのだ。


しかし、その先に階段はない。


「直弘!」


美奈が悲鳴のような声を上げて手を伸ばす。


だけど、その手を掴むことなく、直弘の体は階段を落下していた。