遠野の故郷では友が居なかった。

捨て子だったし、狐狸族から育てられた鬼なんて変だと言われていじめられたし、鬼族――鬼脚族の者たちからも卑下されてきたため、思っていることを口にすることも雛乃にとっては勇気のあることだった。


「ところで…その首巻きをしてから随分経つけれど、まだ治らないの?」


「こ…これですか?これはその…まだ跡が残っているので…」


「絶対おかしいわよ、薬師に見せるべきだわ。ああそうだわ、晴明様を…」


「!だ、大丈夫ですから!」


それでもなお突っぱねる雛乃の態度、やはりおかしい。

芙蓉と柚葉は密かに目配せをすると、雛乃の両脇をさっと握って羽交い絞めのような状態にした。


「こんな無理強いみたいなことは本当はしたくないのだけれど、仕方ないわ。朔も気になってるみたいだし、天満さんだって…」


「て、天様!?」


…過剰な反応だ。

この屋敷に居れば話題は事欠かないが、男女の話題ともなれば最も大好物。

ふたりの因果を知っている芙蓉と柚葉は、雛乃が動揺しているのをいいことに、蒲公英色の首巻きを首から素早く取り去った。


「…ねえ柚葉」


「……うん」


「これって…噛み跡よね?」


「………そうだね、間違いないね」


「あ、あの、お二人とも…これは、その…」


――雛乃の左肩甲骨あたりについているふたつの穴は、間違いなく噛まれた跡だった。

こういう風に痕を残す行為は、鬼族にとっての愛情表現。

そしてこの家には――朔、輝夜、天満、朧の鬼の者が住んでいる。

そして男なのは、このうち三人。


「…芙蓉ちゃん」


「ええ、柚葉」


「あ、あの、これはですからその…」


柚葉の目が据わっていた。

こういう時は芙蓉も容易に口を挟まない。


「家族会議を開きます」


柚葉、宣言。