雛乃にとって、鬼脚家の者たちの存在は、恐怖の何物でもなかった。

狐狸に育てられ、けれどどうしても教えられることに限界があり、遠野を仕切っていた鬼脚家に頼った義父や義母、ぽんを責めることはできない。

幼かったけれど、それでも吉祥は最初から嫌な目で見てきた。

父親の斗南には虫を見るような目で見られたし、母親は声をかけてくることすらなかった。

様々なことを教えてもらったことは感謝しているけれど――借金の形にされていて、いずれ当主となる吉祥に一体何をされるようになるのか…考えるのも恐ろしかった。


「雛ちゃん…大丈夫?」


「あ…、はい、大丈夫…です…」


「もうここには来させない。だから安心して住むといい」


雪男と共に文に目を落としていた朔にふんわり笑いかけられた雛乃は、つい条件反射で頬を赤らめて頭を下げた。

ややむっとした天満が朔を軽くねめつけると、朔は肩で笑いながら文を脇に置いて一言。


「しかし…小物だったな」


「ああ、父子揃って小物だったな。あれじゃうちに何かあった時に足元掬われるぜ」


「ふうん、‟うち”ね…」


朧を嫁に貰った雪男は実質鬼頭家の縁者と言えるが、こうして‟うち”などと親しげに呼ぶことは珍しく、朔がついからかうと、雪男は次の案件となる文を朔の胸元に差してはにかんだ。


「何度も言うようだけど、先代にこの件が耳に入らないようにしとかないとな。でないと血の雨が…」


「先代様はそんなに恐ろしい方なのですか?」


「冷酷無慈悲、冷徹であり、温かい血なんて流れてるのかって思うほど冷静な男だけど、まあでも息吹に出会ってから随分変わったもんな。あ、息吹ってのはこいつらの母親で…」


「その話、寝ずに三日位はかかるからやめときなよ」


「でもでも、聞きたいですっ」


「うん、じゃあ僕が今度かいつまんで教えてあげる」


冷徹な男を変えたという天満たちの母――

興味が湧いてわくわくして、ようやく吉祥たちへの恐怖が薄らいだ。