「沢田!
 真湖っ、走るな」
とキッチンから雅喜が叫ぶ。

「子どもはすぐ親の言葉を真似するから、沢田はもうやめた方がいいんじゃないの? 雅喜さん」
と真湖の母親に出産間近に、やんわり(さと)されたので、雅喜は真湖と呼ぼうと心がけているようだった。

 でも、どうせ職場では旧姓使ってるから、沢田でもいいんだけどな、と真湖は思う。

 なにかいつまでも新鮮な感じがするし。

 家で真湖とか真湖りんとか呼んでると、職場でもうっかり呼んでしまって、いつぞやの悲劇が繰り返されそうだしな、と思っていた。

 出産後は一ヶ月くらい実家に帰る予定だったのだが、母親がインフルエンザになってしまい、結局、雅喜の居るこの家に帰ってきていた。

 雅喜の母、響子が、仕事を休んで自分が見るから家に来い、と言ってくれたのは、丁重にお断りした。

 なにかあの家で寝ていると、上からご先祖様とか、鎧武者とかが覗き込んできそうな気がしたからだ。

 で、結局、雅喜が二日くらい休みをとって、面倒を見てくれた。

 ……まだ、ちょっと緊張しちゃうな~、と思いながら、真湖はベビーベッドの中を覗き込む。