「鞠」



恭が、わたしを呼ぶ。

振り返ろうとしたら後ろから強く抱きしめられて、耳元に感じた吐息に、呼吸が止まった。



「なに……離して」



「……俺んとこ、もどってこいよ」



目を見張る。

ふるふると首を横に振ったけれど、彼は「鞠」ともう一度わたしの名前を呼んだ。そのたびに、胸の奥がえぐられるような気分になる。



「やめて、わたし、」



もうあの頃には、もどれないんだから。

……こんな風に優しく抱きしめたりしないで。




「だってお前泣かないだろ」



「、」



「お前のプライドの高さぐらい知ってんだよ。

……妹が泣かないのを知ってるお前が、泣くわけねーからな。そうやって必死に耐えてんだろ」



ふわりと香る、ダークフローラルな香水。

変わってない。……恭は、いつまでたっても恭だ。



「……泣けよ。後ろにいてやるから」



じわりと。滲んでいく視界。

昔と同じだ。……たった一度だけ、わたしは、恭の前で泣いたことがある。そのときもこうやってうしろから抱きしめて、「顔見ねーから」って言ってくれた。



泣いたのは、たった一度きり。

……恭と、別れた時だけだった。