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知らないなんてそんなの嘘だった。
気持ち悪いものじゃないって、わかってた。
だってわたしは、その感情を知ってる。
なのに拒み続けた理由、なんて。
「おかえりなさぁい」
玄関の扉を開けたら、ぱたぱたと駆け寄ってきて出迎えてくれる蒔。
その笑顔を見たらすごくほっとして、泣きそうになった。
「ただいま。ごめんね遅くなっちゃって。
夕飯の買い出し行かなきゃいけないの。着替えてくるから、そのあと一緒にお買い物行こうか?」
「行くっ!」
にこにこ。
笑ってくれる蒔の頭を撫でて、「じゃあ準備してね」って優しく伝える。部屋に入って私服に着替えると、手をつないで家を出た。
近くのスーパーで夕飯と明日の朝食の買い物をして、予定とは違ったけど蒔におねだりされたお菓子も買ってあげて、帰宅する。
蒔が帰るまでの時間に買い出しできる日はひとりで行くんだけど、今日は遅くなったから、一緒に。
それがうれしいのか、手を繋いだままの蒔はずっとご機嫌で。
さらさらと風で流される蒔のやわらかな髪が、無意識にお母さんのことを思い出させた。
「蒔……」
「なぁに?」
こてん。
首をかしげる蒔に、「さみしい?」なんて聞けない。……さみしいのは、わかってるから。
「席替え、どうだった?」
今日もスマホに連絡は入らない。
以前はお母さんが使っていた、白いスマホ。



