普段は現場に来ないなずなが、わざわざここに出向いた理由。
絶対に"何か"あると予想していたから、なずなはここに来て以降、全体に指示を出しながらも俺の様子を窺っていたらしい。
「……調べさせてもらったよ。
君の家は、フルールから契約を切られたらしいね」
この工場も、元は君の家のものだ、と。
なずなは、総長である男に静かに告げる。
「最初から俺ら藍華に喧嘩を売りたい理由は、
ただ単に総長である君の、恭の家への私怨だ」
「なっ……はあ?マジで言ってんの?
そんな理由で、わざわざ恭のこと狙ってんの?」
「………」
暖が驚いて問うが、幹部が誰も返事をしない。
その無言が、何よりの肯定だってことは俺でもわかる。
「"そんな理由"……?
唐突にその契約を切られたせいで、うちは生きてくのも精一杯になった」
「………」
「いつだって判断するのは上の人間だ。
生まれつきその立場のお前には分からないかもしれねえけど、」
「……確かに俺にはお前の気持ちなんか分かんねーよ。つーか、ンなこと知るかよ。
恨んでるだけで生き方が楽になんなら、別にいくらでも恨めばいいじゃねーか。でも、」
俺は知ってる。
どんな苦しい生活を強いられようが、笑顔を欠かさなかった家族を。……あの小さなアパートの記憶を、俺はこの先も一生忘れたりはしない。
「自分が苦しむことで、周囲の人間を必死に守ってるヤツだっていんだよ。
……ただ苦しいことに文句を言ってるだけで何か解決すんなら、いつまでも俺の事恨んでろよ」
裕福な生活を手放して、誰にも見劣りしない子どもたちを育てるために、無理をし続けた愛さんと。
その愛さんが守ってきた大事な妹を、今度は自分の手で守ろうと頑張っていた鞠。



