伝えてあげられないことも、たくさんある。
それでも、ちゃんと伝わるように、彼女の目を見て。
「それでね。
……これから、お父さんと一緒に住もうと思うの」
「おねえちゃんも?」
「うん、お姉ちゃんも。
蒔とお父さんと3人で。……でもすこしの間、お姉ちゃんに恭と過ごす時間をくれる?」
ぱちぱちと、蒔が瞬きする。
難しかったかなとうまく伝える言葉を探っていたら、蒔はぱあっと笑顔になった。
「お姉ちゃんと恭ちゃん、一緒なの?」
いつまでも恭の家にお世話になって、蒔を放っておくわけにはいかない。
けれど少しの間は、恭と一緒に過ごさせてほしい。……余裕ができるまで、すこしだけ。
「うん、一緒よ」
「いいよーっ。
お姉ちゃんと恭ちゃんいっしょなの、嬉しい」
なんの曇りもない言葉。
蒔はきっと、わたしのことをよく見てくれていて。……わたしの気持ちも、わかってるんだろう。
「1週間、くらいかな。
……お父さんとふたりで、頑張れる?」
「うんっ、だいじょうぶ!」
ニコニコと笑う姿を見たら、自然と元気が出る。
蒔の返事に安心していると、車は静かに恭の家の前へと停止した。
本来なら、先に蒔を家まで送って行きたいのだけれど。
お父さんの住む家が少し遠いから、わたしたちが先に降りないと、無駄に黒田さんに往復させてしまうことになる。



