人の記憶なんて、どこまでも曖昧なものだ。

手ですくった水は絶対に指の隙間からこぼれてしまうし、手に残るのはほんのひと握り。忘れていないつもりでも忘れてしまうのが人の(さが)



忘れたいから忘れるのか。

忘れたくないと分かっていても忘れるのか。



……どちらにせよ、

忘れてしまうのならそれまでだと思うけれど。



「はあ……」



誰もいないリビングで、ため息をつく。

テレビからは朝の情報バラエティ番組が今日も流されているけれど、見る気はどこにもない。



(まき)。そろそろ時間なんだけど、」



その番組が、決まって占いのランキングに切り替わる時間。

テレビとエアコン、そして照明を消してリビングを出ると、廊下の途中にあるドアをノックする。




「準備できた?」



「うんっ、できてるよ」



「なら行くわよ。遅刻する」



真っ赤なランドセルを背負って、部屋から出てくる妹。

玄関で靴を履いて外に出た彼女に続いて、ローファーに足を入れる。扉を閉める直前、蒔は誰もいない家に「いってきまぁす」と声を掛けた。



誰もいなくてもそう言うように教えたのはわたしだ。

だから鍵をかけて、わたしも小さく「いってきます」とつぶやく。



蒔の手を引いて廊下を歩き、乗り込んだエレベーター。

密室になった動く箱の中で一瞬の沈黙のあと、蒔が「おねえちゃん」とわたしを呼んだ。



「あのねっ、」