相手の事情とかそんなの、今は知ったこっちゃない。

俺が言いたいのは、ただ……



「……っ、ごめん」



「………」



「ごめん……ハセ」



勢いで俺が掴んだ手を、何のためらいもなく、鞠は振り払った。

いっそ清々しいほどに、あっけなく、離れた手。



「ちゃんと帰ってくるって約束する。

だからお願い。今回だけは、見逃して……」



俺の返事も聞かずに、リビングを出ていく鞠。

着替えるために自室に入ったらしい彼女は、数分もしないうちに家を出ていって。




その音で目が覚めてしまったのか、

眠そうにまぶたを擦った蒔が、自室から出てきた。



「……ひろくん。おねえちゃん、は?」



「……大事な人のところに行ってくるってさ。

何時に帰って来るかわかんねえから、俺が一緒にいるよ」



「……...」



蒔が寂しそうな顔をするから、「おいで」と抱き上げて蒔の自室に連れていく。

ずっと手を握ってると約束すれば、蒔は大人しくベッドに入って、手を繋いでから目を閉じた。



焦って恋人って関係を結んで、先に出くわしたことに気づいてわざとらしくキスを見せつけて、牽制して、親に紹介するとまで言って外堀から埋めようとしたけど。

その関係をいつか本物にすればいいって、そう思ってたけど。



──本当は、ただ。

俺のことだけを、好きに、なって欲しかった。