「お疲れ様です…。」
ぴくっと身体が反応してしまった。
誰か確認しなくてもわかる、大好きな声。
他の人と同じように…、同じように…。
顔を上げて笑顔を見せたい衝動をなんとか抑えて、パソコン画面を見続ける。
ロッカーにノートを置いて、そそくさと出ていこうとする兎羽。
視界の端で見える兎羽が俺に背を向けた瞬間に顔を上げる。
呼び止めなきゃ。
でも、なんて?
兎羽って名前を呼んでいいの?
忘れてって言ってたのに?
俺らしくないはっきりしない思考。
「…ねぇ。」
口を突いて出たのは誰に対しても使えるであろう呼びかけ。
ちゃんと聞こえるくらいの声で言ったのに、兎羽は止まってくれなかった。
「ねぇってば。」
「…何ですか?」
再度呼び止めると、兎羽の足が止まった。
こちらを見ようともしない兎羽。
あの綺麗に透き通った瞳が俺を映すことはないのだろうか。
そう思うと鼻のあたりがツンとして、なんとも言えないもやもやが胸に広がった。
こんな感覚、知らない。
生まれてから一度も経験したことがない。
…何も感じないはずなのに。
どうして兎羽のことになると、こんなに自分が自分でいられなくなるんだろう。
「…後期も書記やってね。」
兎羽の為だと言い聞かせ、無表情のまま声を放ったのだった。



